大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)1140号 判決

上告人

西尾豊次

右訴訟代理人

高橋悦夫

竹澤喜代治

被上告人

田中和三郎

被上告人

奥田巳之助

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋悦夫、同竹澤喜代治の上告理由書及び同竹澤喜代治の上告理由補充書記載の上告理由について

登記上利害関係を有する第三者の承諾書等がないため所有権移転請求権保全の仮登記を有する者が右仮登記とは無関係に所有権移転登記を経由した場合であつても、特段の事情のない限り、右の仮登記権利者は仮登記義務者に対して仮登記の本登記手続を請求する権利を失うものではなく、仮登記は依然として存続理由を有するから、これを抹消すべきものではなく、また、仮登記の本登記を承諾すべき第三者の義務も消滅しないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。

論旨は、独自の見解に立ち、若しくは原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審において主張せず、また、原判決の認定しない事実に基づいてその不当をいうものであつて、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人高橋悦夫、同竹澤喜代治の上告理由書記載の上告理由

第一 本件事案は大阪法務局守口出張所昭和四五年一〇月一五日受付第二四二五六号所有権移転請求権仮登記(以下本件仮登記という)の本登記手続とは別個に、実体関係を同じくする独立の所有権移転登記(同出張所昭和四六年一月二〇日受付第一〇九八号。以下本件所有権移転登記という)が経了された場合に於ける本件仮登記の効力の消長に関するものであるところ、原審の認定した事実によれば、「被控訴人ら(被上告人ら)は昭和四六年一月二〇日頃入手した訴外川中清一名義の登記用白紙委任状等を用いて、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記を申請せんとして、これを司法書士に依頼し、これを受けた司法書士も一旦は右同日付で右本登記の申請をなしたのであるが(その前提として、同日付で本件仮登記につき、権利者である被控訴人らの住居表示変更の付記登記の申請をなし、これは受理されている。)、その時点で目的物件(以下本件土地という)には右仮登記後に控訴人(上告人)を権利者とする訴外川中に対する処分禁止仮処分(以下本件仮処分という)の登記がなされていることが判明し、右本登記の申請は控訴人の同意書が添付されていなかつたため受理されず、それがため司法書士は右事実を被控訴人らに知らしめ同人らの承諾を得た上で、急拠前記独立の本件所有権移転登記の申請用に書替えられて提出され、これが受理された結果同所有権移転登記が経由されるに至つた。」とされるが、原判決はかかる事実に於いて、「仮登記権利者が当然に仮登記義務者に対する本登記請求権を放棄したと断定することはできず、又独立の所有権移転登記が経由されたことは、それにより先行する仮登記が当然に失効するとは解し難く、それは何ら権利公示のための登記制度の趣旨に反するものではないし、むしろ右のような所有権移転登記も受理されなかつた本登記申請の際の書類を流用して迅速簡易に、その後の登記上の利害関係人の出現を阻止し得るという点では、これを経由させるに意義があり」と判示する。

しかして原判決の右論旨は、実体関係を同一とする別個独立の所有権移転登記と、これに先行する仮登記の並存を容認するものであるが、独立の所有権移転登記に先行し該登記と実体関係を同一とする仮登記(かゝる仮登記を以下「本登記仮登記」と略称する。)の存続を肯定することは手続法(不動産登記法七条二項)、実体法(民法五六一条)の解釈を誤るのみならず、登記制度の趣旨にも反するので、以下その次第を明らかにする。

一、仮登記は本登記のため順位保全効を有し、後日該仮登記に基づく本登記がなされるとき「本登記ノ順位ハ仮登記ノ順位ニ依ル」(不動産登記法七条二項)とされるが、これがため仮登記後本登記前の中間処分は本登記がなされるとこれに抵触する範囲で効力を失なうことになる。

ところが原判決の是認する「本登記仮登記」に於いては、後行する別個独立の所有権移転登記は「本登記仮登記」と実体関係を同一にするので、中間処分でないから、該登記が仮登記の本登記がなされることにより失効するとは解し難い。ところで本件第一審判決も「本登記仮登記」の存続を承認するが、其処では「仮登記権利者が本登記申請の要件を具備した時点で、該仮登記後に第三者のための登記が経由されていて、その権利者の任意の同意が得られないため該登記に基づく本登記の申請をすることができない場合に於いて、これと別個独立の所有権移転登記がなされたときは、該独立の所有権移転登記はこれに先行し、仮登記には劣後する登記により保全された第三者の権利が実行されゝば、その結果抹消される運命にあり、かゝる危険を伴なう暫定的な対抗力を具備するものとして存続する」「本件所有権移転登記は被告ら(被上告人ら)において錯誤を理由として抹消することができた筈」とされた。ところが、原判決は、独立の所有権移転登記につき、第一審判決の言う「暫定的対抗力」の概念を否定したから、此処では「独立の所有権移転登記は通常の所有権移転登記と同様の適法、有効な効力を有する」と解される。しかして原判決の見地を演繹すれば「本登記仮登記」に後行する独立の所有権移転登記は、登記申請について、登記申請意思の欠缺の存在しない事例である。しかし原判決の立場に於いても「本登記仮登記」の本登記がなされた後にも、該本登記と独立の所有権移転登記の併存を認める訳ではないから、「本登記仮登記」の本登記をなすことにより独立の所有権移転登記は抹消登記されることになるであろうが、その場合は独立の所有権移転登記は二重登記を理由に抹消登記されると解さざるを得ないであろう。(これに比し、本来仮登記権利者が仮登記に基づく本登記をする意思であつたにもかゝわらず誤つて別個独立の所有権移転登記をなした場合では、別個の所有権移転登記申請は、登記申請意思の欠缺のため元来無効と解されるので、該所有権移転登記は錯誤を事由とする抹消登記がなされることになる。)

ところで原判決の見地とは反対に、「本登記仮登記」の存続を是認せず、一旦独立別個の所有権移転登記がなされる(勿論登記申請意思に欠缺のない場合)や、先行する仮登記を二重登記を事由として抹消登記することも解釈上可能である。しかして登記制度の趣旨から言えば、一旦は独立の所有権移転登記の存在を容認し、次いで該登記を二重登記として抹消登記せしめるよりも、別個独立の所有権移転登記がなされた場合は、該登記と実体関係を同じくする仮登記を直ちに抹消登記せしめる方が公示手段としてはより適切なことは多言を要しないであろう。そして後者の場合に於いて、仮登記を抹消せしめるべき事由は実体関係に見出されるべきであるが、後述のとおり、実体法上からみても、独立の所有権移転登記がなされた場合は実体関係を同一とする仮登記は抹消せざるを得ないと解される。尚原判決の見地でも、別個独立の所有権移転登記の上に「登記上利害関係を有する第三者」が生じた場合は、最早や該登記は抹消登記することができないと解さざるを得ないであろう。蓋し独立の所有権移転登記の実体関係は「本登記仮登記」の実体関係と同一であるので、「本登記仮登記」の本登記がなされることが許容される場合は、独立の所有権移転登記の抹消について「登記上利害関係を有する第三者」は「本登記仮登記」に基づく本登記上に横滑りせしめなければならないであろうが、現行法上はかゝる措置を予定する規定が存在しない。そうすれば独立の所有権移転登記の抹消について「登記上利害関係を有する第三者」は「本登記仮登記」の本登記がなされることについて承諾義務を負わないと解さざるを得ないからである。そして登記上利害関係を有する者には差押債権者も含まれると解されているが、そうすれば「本登記仮登記」を肯定する立場では、第三者の後発的な処分により「本登記仮登記」の本登記がなされるか否かが左右されるとせざるを得ないが、右は登記制度の安定を欠くことが大なるは明らかであろう。

二、ところで「本登記仮登記」の存続を是認することは実体法上、債務者(仮登記義務者)の債務の存続を首肯することに他ならないが、それは特定物を対象とする取引に関する実体法(民法五六一条)の解釈を誤るものである。即ち特定物の取引に於いて、債務者が債務の履行をなした後に於いて、目的物件が第三者により追奪された場合は、原則として実体法の律するところは民法五六一条に基づく担保責任である。しかして、債権者(仮登記権利者)と債務者(仮登記義務者)が納得の上で、別個独立の所有権移転登記をなしたときは、債権者については目的物件の対抗要件を具備するに至るから、債務者としては債権者に対する取引上の義務の履行を了したと解される。それで後日中間処分たる第三者の権利が実行されて独立の所有権移転登記が抹消される事態が起つても、債権者としては債務者に対し、民法五六一条に基づく担保責任を問う(この場合債権者が損害賠償請求までなし得るか否かは、債務者の悪意の存在如何にかかる)は兎も角、再度債務の履行――即ち「本登記仮登記」の本登記請求はなし得ないと解すべきである。

換言すれば、仮登記と実体関係を同一にする別個独立の所有権移転登記がなされゝば(しかも登記申請意思に欠缺のない場合は)実体法上債務の履行は終了したとみなされるので、仮登記上の権利は消滅すると解さざるを得ないであろう。

本件事案では、本件所有権移転登記の実体関係は、原判決の認定した事実によれば「昭和四五年一〇月八日訴外大井耕夫、被上告人ら間売買」であるところ、売主訴外大井は本件土地について訴外川中から(中間省略の方法ではあるが)被上告人ら宛に昭和四六年一月二〇日所有権移転登記を経了せしめたので(該登記は適法有効と解されているから)、訴外大井は売主としての義務(即ち所有権移転登記義務)の履行を了したと言い得る。そして上告人が中間処分たる本件仮処分登記(前記出張所昭和四五年一二月七日受付第二八六六八号。)を任意抹消すれば、被上告人らとしては本件仮登記の本登記請求をなさずとも本件仮登記を抹消登記することにより、本件所有権移転登記を存続せしめることは可能であり、しかして被上告人らが甲一〇号証催告書により上告人に対し本件仮処分登記の抹消請求をなしたことに照らせば、被上告人らが本件所有権移転登記をなした真意が該登記を存続せしめることにあつたと解されよう。

従つて本件所有権移転登記がなされたことにより、被上告人らの本件仮登記上の権利、即ち同人らの訴外大井に対する所有権移転登記請求権は消滅し、爾後は被上告人らが本件仮登記の本登記請求をなし得ないことは自明の理である。

三、前述のとおり原判決は「本登記仮登記」の存続を是認しこれと並存する別個独立の所有権移転登記が、適法有効なことを承認するが、独立の所有権移転登記とは言うものの、該登記は第一審判決の指摘する如く、中間処分たる第三者の権利が実行されゝば、その結果抹消される運命にあるので、右登記が常に「本登記仮登記」を伴なうべきは、両者が実体関係を同一とすることから導かれる必然的な要請であろう。

しかし取引会社に於いては「本登記仮登記」に於けるかゝる要請が必らずしも満たされるとは限らない。

例えば登記権利者が「本登記仮登記」と分離して独立の所有権移転登記のみの移転登記を計ることもあり得るし、この場合「本登記仮登記」と分離して移転される独立の所有権移転登記の移転登記も適法、有効と解さざるを得ないであろう。又前述のとおり第三者は、目的物件を差押える場合には独立の所有権移転登記のみをその対象に捉えるのが通常と解される。しかしてかゝる場合に生じる実体法上の権利関係の複雑さ、不安定さは、取引会社の安全を阻害することの大なることは論を俟たない。

ところで原判決は前述のとおり「本登記仮登記」の存在意義を(イ)仮登記の本登記申請の際に書類を流用することにより迅速簡易に登記手続をなし得る(ロ)その後の利害関係人の出現を阻止し得る点に見出すが、独立の所有権移転登記が中間処分たる第三者の権利の実行により抹消されゝば、登記権利者は「本登記仮登記」の本登記手続をせざるを得ないことに鑑みれば、右原判決の見出した存在意義は自家撞着なるものと言わざるを得ない。

しかして昭和三五年改正後の不動産登記法(一〇五条一項)に於いては、「所有権に関する仮登記後、その本登記を申請する場合に登記上利害関係を有する第三者があるときは、申請書にその者の承諾書又はこれに対抗し得べき裁判の謄本を添付することを要する」とされるが、一般的にみて、仮登記権利者が登記上の利害関係人に対し本登記をなすことの承諾を求める訴訟は、その事由が仮登記権利者、仮登記義務者間の実体関係に存在する丈に、登記上の利害関係人としては争い難い筈である。従つて仮登記の本登記をなす事前に、独立の所有権移転登記をなしてまで仮登記を保護するべき実益(言わば「本登記仮登記」は仮登記のまゝ対抗力を具備させるものと言い得る。)は見出し難いし、現実の取引社会でも、「本登記仮登記」――即ち仮登記の本登記をなすに先立ち、別個独立の所有権移転登記をなすことにより、爾後の登記上の利害関係人の出現の遮断を計るが如き慣行は未だ行なわれていない。

以上の如く、「本登記仮登記」の存続を容認する意義よりも「本登記仮登記」が独立の所有権移転登記と分離する場合に於ける実体法上の権利関係の複雑さ、不安定さが取引社会の安全を阻害する弊害の方が大きいと解されるから、登記制度の趣旨からみても「本登記仮登記」の存続は容認されるべきでないと思料する。

第二〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例